2019.04.09

GIGAZINE第一倉庫の地上げ解体事件と滅失登記のヤバさを土地家屋調査士が登記法的に解説してみた

参照元:【GIGAZINE】

執筆者:土地家屋調査士 田中優輝 
(東京土地家屋調査士会所属)

GIGAZINEの第一倉庫を解体業者が無断で解体したとされる事件について、GIGAZINE側と地主側それぞれの主張が入り乱れ、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。
この記事では、現役の土地家屋調査士(後ほど解説する「滅失登記の申出」を含む不動産登記の専門家)である筆者が事件を客観的に解説する。

はじめに

まず最初に整理しておかなければならないないのが、「本当のところ、事実関係はどうなの?」というところだろう。

先月29日に株式会社OSAは同社が運営するニュースサイトGIGAZINE上で事件の経緯を詳細に語っており、「自分の建物を勝手に破壊された」と主張している。

一方、同記事上で地主であるYに解体を提案したとされていたパワーエステート株式会社は、今月2日同社ホームページ上で反論文を掲載し、「建物は借地契約終了後に地主Yが引渡しを受けたものだ」と主張した。

そして今月9日、新所有者とされる日新プランニング株式会社が解体工事を再開したとの記事がGIGAZINEに投稿された。

この事件は「ニュースサイト編集長のPV稼ぎのための狂言」なのか、それとも「平成最後のパワー系地上げ屋による犯行」なのか。

両者の見解に食い違いがあり、どちらが本当の事実関係を語っているかによって話の結論は大きく変わってくる。

(ただし、パワーエステート株式会社のHPよく見てみると「地主が引渡しを受けた」としか言っておらず、「地主が建物の所有権を持っている」とは一言も言っていないため、厳密にはこの点についての両者の主張は両立しうるのだが)

こんな時は「登記事項証明書」を紐解くことで、正しい事実関係をある程度探ることが出来る。

「登記事項証明書」から事実関係を整理してみた

「登記事項証明書」とは?

登記事項証明書とは、法務局に集められた土地や建物についての詳しいデータの写しだ。

最初にその不動産を所有した人にはこのデータベースに登録する義務がある(不動産登記法36条など)ので、全国の土地建物のほとんど全てについてデータが存在する。

今はデータ化されているが、昔は全部紙だったのでその名残で「登記簿(とうきぼ)」と呼ばれることもある。GIGAZINEの記事内で日新プランニング株式会社の社員に持ち去られたとされる「登記簿のコピー」もおそらくこれの事だろう。

1つの不動産に対して1つずつデータが存在し、法務局に行けば誰でもこのデータを紙に打ち出してもらうことが出来る。
また、他人の不動産のデータでも自由にもらうことが出来る(1通600円)。

その不動産の広さ、利用状況、建築した日、現在の所有者などはもちろん、いつ誰から誰に売買されたかなど過去の所有者や取引の経緯についても調べることが出来ることから「不動産の履歴書」とも呼ばれている。

ただし、所有者が誰か等が書いてある部分(「権利部」という)については記載が少々複雑なので、何度も取引された土地だと専門家でないと何が書いてあるかわかりづらいかもしれない。

建物の「登記事項証明書」から見えた事実関係

◆建物の所有権について

参照元:【GIGAZINE】

建物の登記事項に示されていた事実関係は以下の通りであった。
(以下、登記記録が不実のものでないことを前提とする)

・昭和28年5月1日  建物新築
・昭和56年3月18日 売買によりN氏に所有権移転
・平成17年4月11日 遺贈によりGIGAZINE編集長に所有権移転

GIGAZINE記事中の地主Yの発言から、N氏は地主Yが土地を貸したとされる編集長の祖父と思われる。これらを前提とすると、この建物は編集長の祖父が購入し、その後、遺言で編集長へ遺したもののようだ。

GIGAZINE編集長は確かに建物の所有権を有していた

◆借地権について

参照元:【GIGAZINE】

次に、借地権について検討していく。

本件建物は、登記上は通常の建物とは異なり「区分建物」という、平家の倉庫にしては特殊な形式で登記されている。

「区分建物」とは、分譲マンションなどで使われる登記の形式だ。通常の建物は1棟につき1つの所有権が存在するが、区分建物では1部屋につき1つの所有権が存在する。

分譲マンションなどでは、原則として1部屋の所有権とその部屋のための借地権がセットになっている。そして、借地権が賃借権である場合、地主の承諾がなければ建物の所有権移転登記が出来ない

つまり、裏を返せば、区分建物の所有権移転登記がされている以上、地主は借地権の取得を承諾したということが登記記録からわかるのだ。

しかし、本件の建物は区分建物の中でもさらに特殊な「敷地権の表示がない区分建物」と呼ばれるものだ。

敷地権の表示がない区分建物の場合、分離処分が可能となるのだが、こんがらがると思うので結論だけ簡単に言うと、本件の区分建物は超特殊なので、地主の承諾が無くても建物の所有権移転登記が出来ちゃうやつなのだ。

つまり、編集長が建物の所有権を有していたとしても、借地権の取得について地主の承諾を得ていない(=借地権までは持っていない可能性)がある。

(相続人なら借地権の取得に地主の承諾は要らないんじゃないの?と思われたかもしれないが、「祖父から孫(=相続人ではない第三者)への遺贈」を前提とするならば、承諾が必要となる)

ただ登記記録に表れていないからと言って借地権が無いと推測するのはとても乱暴なので、もう少し事実関係を付け加えると、

・平成17年当時、編集長が借地権を取得することを地主Yが承諾していたのならば、GIGAZINE記事中でそのことに触れるはずだが、そのような記載はない。

・パワーエステート株式会社も、HP上で「借地契約の終了」と借地権の存続を認めていない。

以上を考慮すると、

編集長は建物の所有権は有していたものの、土地の借地権は持ってない(=「不法占拠」状態)

と推測できる。

ここで誤解しないで頂きたいのは、「不法占拠」と聞くと何かとんでもなく悪いことのように聞こえるが、実はそうでもない。

実務上、複雑な権利関係によって一時的に不法占拠状態が生じることはよくある

この件に関しても、何も他人の土地に勝手に建物を建てたわけではなく、元々は正当な権原に基づいて建物を所有していたのである。

そして仮に不法占拠状態だったとしても、それが建物をぶっ壊していい理由になることはない

この場合、建物を壊したいのであれば、地主は裁判所に訴え、建物収去土地明渡請求権を主張して勝訴し、強制執行により建物を解体する他に方法はない。

土地の「登記事項証明書」は何故か見れなくなっている

上記は借地権が賃借権である前提で話をしてきたが、もう一つ、借地権となりうる権利に「地上権」というものがある。

GIGAZINEの記事中にも司法書士の証言として「地上権がある」という記載があるが、地上権は賃借権に比べるとほとんど使われていない上に、この土地に対する建物の規模で地上権を設定したとは考えにくい。

この辺りは土地の登記記録を見ればほぼ確実に存在を確認できる出来るのだが、地主の土地についての登記記録は4月9日現在「登記事件の処理中」であるため閲覧することが出来ない。

「登記事件の処理中」というのは、その土地について何らかの登記が申請されている状態のことだ。

よく、登記記録を見られたくない所有者が、定期的に無意味な登記を申請し、登記を見れなくすることがある。

例えば、毎週1㎡ずつ土地を分筆する登記を申請することで、登記記録のステータスが「登記事件の処理中」となり、事実上、登記の閲覧を妨害することが出来るのだ。

地主Yから日新プランニング株式会社への所有権移転登記か?とも思ったが、にしてはタイミングが遅すぎる。

地主Yないし日新プランニング株式会社が現在どのような登記を申請しているのかは分からないが、このまま登記が閲覧できない状態が続けば、何か都合の悪いことが書かれているのではないかと勘ぐられても仕方がないだろう。

あなたの所有権も消される!?「滅失登記の申出」とは

「滅失登記の申出」とは?

建物が解体されたり地震や火災で倒壊して消失(=滅失)した場合、所有者は滅失の日から1か月以内に法務局にその旨を届け出なければならない(不動産登記法42条)。

これを「建物滅失登記」という。

「建物滅失登記」が申請されると、その建物の登記記録は閉鎖される。

通常、建物が滅失したら、所有者等の一定の者が登記を申請するが、この登記は登記官の職権ですることもできる(不動産登記法28条)。

そして、第三者が登記官に「あそこの建物無くなりましたよー」と申出により教えると、登記官が職権で建物滅失登記をしてくれる。

これが「滅失登記の申出」である。

なぜ、このようなことができるのか。

それは建物滅失登記は単なる事後報告的な手続きに過ぎないからだ。

建物滅失登記は、単にその建物がある/ないといった、物理的な現況を把握するための手続きであって、それ以上の意味はない。

「滅失登記の届出」によって所有権が消される?

なので、滅失登記の届出がされたことによって建物の所有権が消えることはない

建物の所有権が消えるのは「建物がぶっ壊された時」であって、滅失登記は建物のある/ないという事実を登記記録に反映するための単なる事後的な手続きに過ぎない。

それに、滅失登記の申出によって建物の登記記録が消されたとしても、30年間は法務局に記録が残る(不動産登記規則第28条)ので、「解体当時、所有権が存在した事を立証する手段が何もなくなる」などということもない。

今回の事件でいえば、建物が完全に解体された時に所有権は消えてしまうのであるから、その後に「滅失登記の申出」をして登記記録を閉鎖したかなどという事は割とどうでも良いことなのだ。

(ただし、借地権の対抗力の問題は出てくるが、対抗力は当事者間の話ではなく、また借地権を有しないと思われる以上、本件についてはあまり問題とならないと思われるため割愛する。)

「死亡届」と「死亡の申出」の関係を知ると問題の所在が分かりやすい

これは、人が亡くなったときにする「死亡届」と「死亡の申出」の関係に似ている。

人が亡くなった場合、「死亡届」を出すことになるが、「死亡届」を出すことが出来るのは、原則は親族など一定の物に限られる(戸籍法第87条)。
しかし、親族ではない利害関係人等が死亡診断書などを添付して「死亡の申出」をすると、市町村長が職権で戸籍に「死亡」の記載をしてくれるという制度があるのだ。

戸籍に「死亡」の記載がされると、他に戸籍に記載されている家族がいなければ除籍(=戸籍を消される)となる。

つまり、例えば気に入らない奴を殺してその人の戸籍を「死亡の申出」によって勝手に消すことができるのだ。

しかしこの時、「家族が殺された!」と怒る被害者の親族はいるだろうが、「「死亡の申出」で家族の戸籍を勝手に消された!」と怒る親族はいないだろう。

なぜなら、「死亡の申出」も「滅失登記の申出」と同じく単なる事後的な事務処理に過ぎないからだ。

今回の事件で「「滅失登記の申出」という法の抜け穴をついたヤバい制度がある」みたいなことを言う人がいるが、別にヤバくもなんともないのでご安心頂きたい。

最後に

GIGAZINE第一倉庫の地上げ解体事件を不動産登記法的に解説してきた。

土地家屋調査士は不動産登記をはじめとした土地建物のプロフェッショナルだ。

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